横文字並べて何言ってだこいつと思った画面前のそこのあなた、まあちょっと聞いてっておくれよ。


1.unconscious biasとは?

日本語に訳すと"無意識的な偏見"、要するに自分はそうは思ってないけれど、無意識のうちにそうであると決め込んでいる考えのことである。別な言葉に直すと"固定観念"に近いものである。


固定観念と違うのは、意識的な要素が全くないということであり、"経験的な考え"というよりも"集団的な思い込み"と言ったものだと思ってもらいたい。ここではunconscious bias"大多数の人が無意識的に思い込んでしまっているもの"ということだけ理解して貰えればいい。


2.身近にあるunconscious bias

例えばではあるが、女性の方がオシャレであるなんてのはこの考えに近いだろう。10代後半ともなれば男女問わずにオシャレな人、そうでない人というのがいるのはわかりきっているが、それでもどこかで女性の方がオシャレな人が多いなんて思い込んでいることはないだろうか。それは多くの人が、身体的に大人へと近づくのが女性の方が早いことを知っており、"意識的"に女性の方が成熟するのが早いなんて思い込んでしまい(固定観念)、そこから派生して"無意識的"にオシャレでもあるなんて思ってしまう(unconscious bias)ことが原因だろう。大人というのは子供とくらべ、事実としてお金を比較的持っており、子供よりもいい服を着ている人が多いので、"大人=オシャレ"そう思うのも無理はないだろう。ただまあ実際のところ、男子がゲームをしたり、外で球技をして馬鹿騒ぎしてる頃に、女性はアクセサリーなんかで着飾ることを覚え始めた結果という、興味への違いによる差でしかないわけだが。


確かに身体的な成長は女性の方が早いのだろうが、精神面の話は他人が簡単にはかれるようなものではないので、実際のところ大した差があるのかと言われれば個人差によると思われる。ましてやある程度成熟した男女間の美意識なんてものはさらにはかりかねる、そうは思わないだろうか。確かに10代前半ともなれば着る服の良し悪しに差は出るが、それが大人になってもそうかと言われればそんなことばかりではない、そうだろう?


結局、女性の方が大人という固定観念から派生した女性の方がオシャレという事象は、"無意識的"にそう思い込んでいるものでしかないと言える。順番に考えていけばある程度の説明はつけられるものなのだ。勿論全ての人がそう思っているわけではないのも事実だろうが、長い人類史や特定の文化圏での生活により、このように偏りが生まれること、それこそがunconscious biasであるとなんとなくでも理解してもらえればここでは十分である。


3.TCGにおけるunconscious biasの例

女性の方がオシャレかどうかなんてものはとりあえず忘れてほしい。このブログの筆者、まあつまり僕であるが、重度のTCG大好きマンであり、女性の方がオシャレかどうかで言えば、少なくとも僕よりはオシャレだと思う程度の美意識しか持ち合わせておらず、前述の問題が固定観念的であってもぶっちゃけどうでもいい。大事なのはここからだ。


TCGにおいてもこのような問題は常に付き纏う。それは30年という限られた期間ではあるものの、確かに存在するその年月がプレイヤー全員に傾向的な考え方を植え付けているからである。要するにゲームを長い期間プレイすることによって形成される、経験からくる固定観念というものは多く、それによって生じるunconscious biasも多く存在しているということである。


それこそ、40枚以上のカードを入れることができるTCG40枚か41枚以上か問題で、40枚の方が欲しいカードを引きやすいのだから40枚にすべきという考えは根強いが、実際に確率計算して貰えばわかるように特定枚数の引きたいカード群を入れた際には、40枚と4142枚の数値的な差は微々たるもので、上記考えは間違いこそないが絶対ではない。しかしながら事実として40枚絶対信者のような人が存在しているのはこの"無意識的な偏見"が関わっているのではないかと考えられる。皆が皆絶対40枚なんて考えを持っているとは僕も思っていないが、やはり40枚に抑えることをどこか当たり前のように感じている人は少なくないどころか非常に多いのではないかと思う。僕なんかはデッキ製作の際に一度は確率計算ツールを開いて初手事故率や色発生、初動パターンなど計算してみることがあるのだが、そんなことを毎回やるような物好きは稀だろう。僕だってそうだ、毎回なんてやらない。しかし気づくと40枚に纏めようとしているのだ。このように、TCGにもunconscious biasは間違いなく存在しているのである、そうは思わないだろか。


4.ガチカジュアル問題とunconscious bias

昨今のTCGにおけるTwitter炎上案件堂々の第2(1位はイカサマ)であるガチカジュアル論争だが、これにもunconscious biasは関わっているのではないかと感じる。その理由としては競技思考のガチ勢とカジュアル寄りな思考を持つその他とでは経験値が全く違うからであると思う。


競技思考のガチ勢にとってのそれは時間と熱意を賭け打ち込んでいるものであるため、その持っている経験値量は計り知れない。それ故に"固定観念"というものが非常に大きな存在となっていると思う。そして、ガチ勢にとっては"当たり前"のような"無意識的に思い込んでいること"が存在してはないかと考えられる。


じゃあその"当たり前"は万人に通ずるものなのか?


答えはNoだろう。全員が全員そんなもの理解しているわけがないし、その"当たり前"に対する理由が不明瞭であることが多いのだから。


この論争で互いに理解し合えないでいるズレはここにあると思う。理解し難いのだ。お互いに。経験を蓄積していくことで得られる固定観念とは違い、何故か競技思考の人々の中で"そうであるとされる考え"が存在し、それが通説となっていることが非常に、非常に多いのだ。もちろん、その論理を立ち上げた先駆者のような人にとってはそれは"意識的な"ものなのかもしれないが、それが下に行くほど薄れて"無意識的な"ものとなってしまう。それは人という生き物である以上、伝え方によってニュアンスが変わるとか、忘れていくとかまあ色んな要素があるのだろうが、川上から川下に流れていくにつれ水が濁るかの如く、"意識的"な要素は"無意識"へと濁っていくことに原因があると思われる。


要するに、ガチ勢のもつ"無意識的な偏見"を明確にカジュアル寄りなその他へ理解してもらうことは非常に難しい。しかし、我々はそのことを意識的に理解していないのだ。


・終わりに

誰にでも無意識的な思い込みがあると思いますし、思い込みである以上それは簡単には覆りません。そして、ガチ勢の思い込みの激しさは打ち込んでいる故にそう思うことは仕方ないことでもあると思います。それは時間が、経験が、記憶の片隅でそれを裏付けしており、その前提を信じないと先に進めないのです。


ガチ勢の全てを理解しろとカジュアル寄りの思考を持つその他にいうのは無理です。そして、その逆もまた然りです。今回、競技思考のガチ勢寄りな視点で話を進めてみましたが、何かしらのそう言った思い込み、当たり前のようなものはガチカジュアル関係なく存在していると思います。


でも、それを分かり合えないのかといえばそれは違うと思います。


世の中にはunconscious biasを知るトレーニングが存在します。要は無意識であることを意識的な領域へと落とし込むことでbias(偏見)をなくすというものです。


別にカジュアル思考の人だって日頃から強くなろうという努力をしてないわけではないでしょう。仲間内ぐらい勝ちたいとかそういう思考になって当然です、なんせゲームをしてるんですから。


それをなぜか無意識の内に努力してないとかそんなふうに思っていませんか?


対して、


真剣に打ち込んでTCGに取り組んでいる人をどこかで馬鹿にしていませんか?


自分も遊んでいるはずのゲームなのに真剣度合いが違うだけで遠いものを見るような、そんな視点になっていませんか?取り組み度合いが違うだけで好きであることに違いはないはずですが。


分かり合えないと思うならそれもあなたなりの一つの答えでしょう。でも僕はそう思いません。


これが"無意識であることを知る"きっかけになればと思います。


それでは。